母の香りとディオリッシモ
わたしの母は、お手洗いや化粧直しに立つ際、香りを纏って帰ってくる人だった。
当時5歳だったわたしは、この香りがとても気になっていた。
気にいる、というよりは、“気になる“だったように思う。
ある日、母にお手洗いで訊いた。
「このにおい、なに?」
「これは、クリスチャン・ディオールのディオリッシモだよ。」
「ふうん。それってなに?」
「香水。いい香りがするの。つけてみたい?」
今でも覚えている。
手首に吹きかけられた、美しいすずらんの香り。
当時はこれがすずらんの香りだなんて、わからなかったけれど。
ただ「お姫さまになったみたい」と気分が高揚したことは間違いなかった。
5歳で初めて出会った香りを、今でも追いかけ続けているような気がする。
すずらんの香水なんて、正直世の中にあふれかえっているし、もはやすずらんが似合うような女性が求められる世の中でもなくなったのかもしれない。
それでもわたしは、すずらんの香りこそ、「この世でもっとも気高い女性」の香りだと信じている。そして、いつかディオリッシモが似合う女性になれる日まで、纏うのは我慢しようと自分に決めているのだ。